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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)6068号 判決 1991年1月22日

本訴原告(反訴被告)

清板春海

右訴訟代理人弁護士

池田直樹

斎藤浩

本訴被告(反訴原告)

小川重株式会社

右代表者代表取締役

小川幸一

右訴訟代理人弁護士

村田哲夫

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金六〇五万円及び内金五七五万円に対する昭和六二年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を、内金三〇万円に対する同年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、各支払え。

二  本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

三  反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを六分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  本訴被告(反訴原告―以下、被告という。)は、本訴原告(反訴被告―以下、原告という。)に対し、金八八二万八一〇〇円及び内金七二〇万円に対する昭和六二年六月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による、内金六二万八一〇〇円に対する同日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による、内金一〇〇万円に対する同年六月一九日から支払済みまで年五パーセントの割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、金六六一万五六一八円及びこれに対する昭和六三年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  当事者の関係

原告は、昭和三一年三月被告に入社し、営業部員として繊維製品の仕入、販売、集金活動等を行っていた。

被告は、繊維製品の販売を業とする株式会社である。

2  未払給料の請求について

(1) 減給処分の無効

<1> 被告は、原告に対し、昭和六一年七月一六日、同月分からの基本給(本給+物価給)を二割減給する旨の懲戒処分を行い、これにより原告の基本給は月額金二三万〇四〇〇円から金一八万四〇〇〇円となった(被告の給料の支払方法は、当月分の給料を毎月二五日に支払うとの定めであった。)。

なお、右減給は、原告から給料の二割を返上する旨の申出がなされ、被告がこれに応ずる形式で行われているが、原告の右申出は被告代表者が強制してなさしめたものであるから、その実質は懲戒としての減給処分と解すべきものである。

<2> 右処分は、原告の勤務成績不良を理由に行われたものであるが、労基法九一条及び被告の就業規則三七条三項が減給処分の割合を賃金の一割を限度とする旨を規定していること並びに被告の就業規則において成績不良は減給処分を根拠づける理由となっていないことに照らして無効である。

<3> したがって、被告は、原告に対し、未払給料として昭和六一年七月分から同六二年五月分まで一か月当たり金五万七一〇〇円の合計金六二万八一〇〇円を支払う義務がある。

(2) 減給の合意の取消又は無効

仮に、前記減給が被告の懲戒処分としてなされたものとは認められないとしても

<1> 原告は、昭和六一年七月一六日、被告との間で基本給を二割減額する旨の合意をなし、これにより同月分からの給料は金二三万〇四〇〇円から金一八万四〇〇〇円となった。

<2> 原告が、被告からの給料を返上せよとの申出に応じたのは、右申出がこれに応じない場合は懲戒解雇等の不利益処分を行うことを前提にしたものであったからである。すなわち、原告は、被告の強迫により右申出を承諾したものである。

原告は、本件訴状により右承諾を取り消す旨の意思表示をした。

<3> 仮に右承諾が強迫に基づくものでないとしても

合意により減給を無制限に許すことは労基法九一条の規定を無意味にするものであるから、右合意は公序良俗に反して無効である。

<4> したがって、被告は、原告に対し、未払給料として昭和六一年七月分から同六二年五月分まで一か月当たり金五万七一〇〇円の合計金六二万八一〇〇円を支払う義務がある。

3  退職金請求について

(1)<1> 原告は、被告からの退職勧告を受け、やむなく、これを承諾し、昭和六二年五月一日ころ、同月末日をもって被告を退職する旨の退職願いを提出した。したがって、原告と被告間の雇用契約は、昭和六二年五月一日、同月末日を終了期限として合意解約された。

<2> 仮に、<1>が認められないとしても

原告は、昭和六二年五月一日ころ、退職願いを提出することにより同月末日をもって被告を退職する旨申し込みをなし、被告は同月三〇日までにこれを承諾した。したがって、原告と被告間の雇用契約は、昭和六二年五月三〇日までに同月末日を終了期限として合意解約された。

(2) 原告は、昭和六二年五月末日までに被告に三一・二五年在籍した。被告の退職金規定によれば、この場合に原告が請求できる退職金は退職時の基本給に三二・二五を乗した額である。

ところで、前記減給処分が無効であることからすると、原告の退職時の基本給は月額金二三万〇四〇〇円であるから、原告が請求できる退職金の額は金七二〇万円となる。

(計算式 23万0400円×31.25=720万円)

4  慰謝料請求について

原告は、三〇年以上も被告に勤務してきたにもかかわらず、前記のとおりいわれのない減給処分を受け、被告の営業会議では成績不良であるとして個人攻撃をされ、そのためついに昭和六二年二月ころから軽度の鬱病となり、結局むりやり退職に追込まれた。そればかりか、被告は、原告の退職後である昭和六二年六月一九日、突如として原告を懲戒解雇する旨の意思表示をなし、現在に至まで退職金の支払いもせず、原告はこのため雇用保険被保険者離職表にも懲戒解雇と記入され、転職もままならない等の精神的苦痛を蒙った。この精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇〇万円を下らない。

5  よって、原告は、被告に対し、未払賃金六二万八一〇〇円万円(ママ)及びこれに対する昭和六二年六月一日から支払済みまで賃金の確保等に関する法律六条一項、同法施行令一条所定の年一四・六パーセントの割合による遅延利息金、退職金七二〇万円及びこれに対する同日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金並びに慰謝料金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年六月一九日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  本訴請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実はいずれも否認する。

原告の減給は、原告自らの自発的申出に基づきなされたものであり、懲戒処分でないことはもちろん、被告の強迫によりなされたものでないことも明らかである。

3  同3のうち、被告の退職金規定によれば、原告に支払われるべき退職金の額が退職時の基本給に三一・二五を乗じた額であること及び原告が昭和六二年五月一日ころ被告に対し同月末日をもって退職する旨の退職願いを提出したことは認め、その余の事実はすべて否認する。

被告は、右原告の退職の申出を承認していない。したがって、原告、被告間の雇用契約が合意解約された事実はない。

4  同4のうち、原告は昭和六二年二月ころ鬱病になったとの事実は知らず、その余の事実は否認する。

三  本訴抗弁

(退職金請求に対して)

1 被告の退職金規定九条には、就業規則の規定により懲戒解雇された者には退職金は支給しない旨が定められている。

2 被告は、原告に対し、昭和六二年六月一九日、書面で原告を懲戒解雇する旨の意思を表示し、同書面はそのころ原告に到達した。

3 懲戒解雇の理由は以下のとおりである。

(1)<1> 被告の就業規則には次の懲戒解雇事由が定められている。

イ 勤務怠慢、素行不良又はしばしば規則に違反したり、職務上の指示命令に従わず職場の秩序を乱したるとき。

ロ 数回懲戒、訓戒を受けたにもかかわらずなお改悛の見込がないとき

ハ 38条(懲戒解雇以外の懲戒事由を定めた条項)に該当し、その情が著しく重いとき

<2> また、懲戒処分の種類を(ママ)しては、戒告、けん責、減給、謹慎、左遷、懲戒解雇があり、次の事由に該当する場合には減給、謹慎、左遷又は情状によりけん責処分を課すことができる。

イ 遅刻、欠勤等が多く出勤が常でなく勤務に不熱心なとき

ロ 勤務時間中みだりに自己の職場を離れたり横臥睡眠したとき

ハ その他重大な過失により会社に有形無形の損害を与えたとき

(2) ところで、原告は、後記反訴請求原因1ないし4で述べるとおり被告の業務命令に違反する行為を行い、これにより始末書を一度ならず提出し(これは、懲戒処分としてのけん責に該当する。)、被告に対し、同5記載のとおりの損害を与えた。右原告の行為は将来に渡って改悛の見込がなく、会社に損害を与えることが明らかである。

したがって、原告の右行為は、(1)<1>のイないしハに該当する。

四  本訴抗弁に対する認否及び原告の反論

1  認否

本訴抗弁1及び2の事実は認め、同3のうち、(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。

2  反論

(1) 本訴請求原因3(1)で述べたとおり、原告と被告間の雇用契約は、昭和六二年五月一日に合意解約されている。したがって、被告が原告を懲戒解雇する余地はない。

(2) 被告が主張する原告の行為は、仮にその事実が存したとしも、懲戒解雇事由に該当しない。したがって、原告の主張はそれ自体失当である。

五  反訴請求原因

1  被告は、昭和五四年ころから、業務命令として在庫商品の早期処分を実施し在庫管理を徹底することを従業員に指示していた。また、各従業員が取り扱う商品の在庫については在庫明細書を作成し、会議の席で公開して討議して早期に処分できるか否かを検討してきた。

また、これとは別に、昭和五五年一一月一九日には、「新規見込買い、」すなわち売り先が確定していない段階で商品を仕入れることを禁止していた。

2  ところで、原告は、別紙在庫一覧表(1)及び(2)の各商品欄記載の商品につき、販売欄記載の各販売先に売却ができその代金が回収予定欄記載の期日に回収予定だとして、買約年月日欄記載の各期日に買付契約をした。

しかしながら、商品名記載欄の各商品は実際には売却されておらず、在庫金額欄記載の金額相当の商品が蓄積し、在庫として残ってしまった。

3  また、別紙在庫一覧表(3)(略)記載の各商品は、買約年月日記載の日付に買約されたが、販売先が不明で、在庫金額欄記載の金額相当の商品が在庫として残る結果となった。

4  そこで、被告は、昭和六〇年一二月一八日、原告に対し、業務命令として在庫をすみやかに処分すること、その処分の進捗状況を書面で毎月末社長に報告すること等を命じた。しかし、原告は、右命令は一向に実行せず、また被告の面談指示にも従わなかったので、原告は昭和六一年六月二五日始末書を提出した。

5  在庫一覧表(1)ないし(3)記載の在庫商品の仕入れ価格の合計は金一二一八万八一五七円である。ところで、被告が原告に対し、昭和六二年三月末日で右在庫商品をいくらで処分できるかの明細を提出するよう指示し、これに対する回答が同一覧表(1)ないし(3)の各処分金額欄記載の金額であり、その合計額は金六三三万七六四九円となる。したがって、右金額の差額が原告が業務命令に違反した取引を行ったことにより被告が蒙った損害であり、その合計額は金五八五万〇五〇八円となる。

6  なお、被告は、前記の在庫を倉庫に保管しなければならず、その保管料は原告が解雇された昭和六二年六月分から同六三年五月分までで合計金七六万五―一〇円となる。

7  よって、被告は、原告に対し、業務命令に違反したこと理(ママ)由とする債務不履行(原告は雇用契約上被告の業務命令に従う義務を負っている)又は不法行為(業務命令違反の行為は故意又は過失によるものとして不法行為となる)に基づき、金六六一万五六一八円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和六三年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求原因に対する認否及び原因の反論

1  認否

反訴請求原因1ないし6の事実は、原告が昭和六一年六月二五日に始末書を提出したことを除き知らない。

2  反論

(1) 被告の主張は虚偽に満ちているが、仮にその主張のとおりの在庫を原告が作ったものとしても、これは、被告の社内的な在庫処理体制に基づき処分すべきものであって、これをすべて原告の個人責任とし、損害賠償の対象とすることは全くの筋違いである。かかる主張を許せば、会社は従業員が利益を挙げた場合はこれを吸収し、損失が生じた場合にはこれを従業員個人から回収できる結果を招来することになり、その矛盾は明らかである。

したがって、本件のように使用者が労働者に対し、取引過程において通常発生する在庫及び経費を損害賠償として請求することは主張自体失当である。

(2) 被告主張の取引はいずれも原告が退職する一年ないし六年以前に遡るものであり、被告が従前から熟知しているものであったにもかかわらず、被告は、退職金の支払を巡る訴訟の途中で、突如として本件反訴請求をなしたものであるから、この請求が信義則に反することは明らかである。

第三証拠(略)

理由

第一本訴請求に対する判断

一  本訴請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、未払給料の請求につき判断する。

1  (証拠略)によれば、原告の基本給(基本給が本給に物価給を加えたものであることは被告代表者本人尋問の結果により認められる。)は、昭和六一年六月二五日に支給された分(成立に争いがない<証拠略>及び弁論の全趣旨から右給与は同年六月分の給与であることが認められる。)が金二三万〇四〇〇円であったものが、同年八月二五日に支給された分(すなわち同年八月分)から金一八万四〇〇〇円に減額されたことが認められる。

2(1)  右減給がなされた経過につき検討するに、(証拠略)被告代表者本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六一年七月一六日付で被告に対し、「今般営業成績不振の責伍として、給料の一部(支給総額の約二割)を辞退いたします。尚一年を経過し、営業成績が改善されず、担当業務に適しないと判断されましたときは、就業規則一五条二号(勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められたときは被告は従業員を普通解雇できる旨を定めた条項)を適用されても異議ありません。」と記載した「念書(以下、七月一六日付念書という)」と題する書面を提出したこと、被告は原告の右申出を受けて、減給をなしたことが認められる。

(2)  原告は、右申出は被告代表者の強制によりなされたものであるから、その実質は懲戒としての減給処分である旨主張し、原告代表者本人尋問の結果中には、「右念書は、社長の命令だから書けといわれて断り切れずに書いた」旨の供述があるが、右供述のみでは、原告の主張を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

かえって、(証拠略)によれば、原告は、昭和六〇年暮れころ被告の他の従業員との比較においてその買付にかかる商品の在庫が多かったにもかかわらず、その担当する営業売上高は昭和六一年一月ころから同六月にかけて急速に落ち込んでいたことが認められること、さらに、原告自らが、その原告本人尋問の結果において、「確かに、前記念書を書いた時点では非常に成績が悪く、自分でも悪いと感じていた」旨を供述していることをも併せ考えれば、原告の給料の一部を返上する旨の申出は原告の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認められる。

したがって、原告の右主張は採用できない。

(3)  次に、原告は、右申出はこれに応じないときは懲戒解雇等の不利益処分を行うことを前提したものであることを理由に被告の強迫によるものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(4)  さらに、原告は、合意による減給を無制限に許すことは労基法九一条の規定を無意味にするものであるから、本件の合意は公序良俗に反して無効である旨主張する。

しかし、右合意が労基法九一条を潜脱する意図の基になされたと認める足りる証拠はなく、かえって、前記認定のとおり減給の申出が原告の自由な意思に基づきなされたと認められる本件においては、原告の右主張は採用できない。

3  以上のとおりであるから、原告の未払給料の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二  次に、退職金請求について判断する。

1  まず、原告、被告間の雇用契約が終了した時期につき検討する。

(1) (証拠略)によれば、原告は、被告に対し、昭和六二年四月三〇日付けで「同年五月末日をもって退職願いたく申し上げます」と記載した退職願を提出していること、同年五月末日が休日であったため、同月三〇日に出社し、担当部署に退職の挨拶をし、退職金計算書(<証拠略>)を受け取り、以後出社していないこと、同年六月一日以降被告の側で原告に対し出社を促すような行動を取っていないこと、雇用保険被保険者資格喪失確認通知書にも原告の離職年月日は同年五月末日と記載されていることが認められることからすると、原告、被告間の雇用契約は、原告の右退職願が被告からの雇用契約の解約申し込みに対する承諾とまでは認められないとしても、これによる原告からする解約申し込みに対する被告の承諾により、昭和六二年五月末日までには合意により解約されたものと認めるのが相当である。

(2) もっとも、証人森田滋男の証言及び被告代表者本人尋問の結果中には、原告、被告間の雇用契約につき、原告からの解約申し込みはあったが、被告は、退職時点で原告が買付た商品のうちで在庫として残っていたものを原告が買取りその代金を退職金と相殺する旨の合意が成立することを前提に右申出に応じたものにすぎず、右前提問題についての合意が成立しなかった以上原告との雇用契約を解約するとの合意は未成立である旨を供述する。そして、(証拠略)によれば、原告が前記退職金計算書を受け取った昭和六二年五月三〇日に被告から原告に対し退職金計算書に退職金として記載されている額と同額の領収書が発行され、これを原告が所持していること、証人森田滋男の証言によれば、被告においては原告が退職する以前にも同様な形式で退職金を処理した事例があることが認められることからすると、すくなくとも被告の側では前記供述のとおり原告の退職金を処理する意図を有していたことは認めてよい。

しかし、(証拠略)によれば、本件の退職金は賃金の性質を有するものと認められるのであるから、そもそも原告が右退職金の処理に同意しない限り原告の退職の申出を承認しないとすることは予め就業規則等で定められていない以上労基法二四条一項、一七条に違反し許されないものというべきであるし、被告の右意図が原告に申し出られたと認めるに足りる証拠はないこと(被告代表者本人尋問の結果及び証人森田の証言中これに副う供述部分は原告本人尋問の結果に照らして措信できない。)、さらに、被告代表者本人尋問の結果によれば、被告が原告に対する後記懲戒解雇処分を決定したのは昭和六二年六月一九日の直前であったことが認められるにもかかわらず前記(1)で認定したとおり同六月一日以降は原告に対し出社を促す行動をとっていないことを併せ考えると、被告は、退職金を支払う意思はなかったものの原告が退職すること自体はこれを承認していたものと認めるのが相当であるから、被告代表者及び証人森田の供述は(1)の認定の妨げとはならない。

(3) してみると、原告、被告間の雇用契約は昭和六二年五月末日の経過により合意解約により終了したものというべきである。

2  ところで、被告は、原告を懲戒解雇したことを理由に退職金請求権は発生しない旨を主張する(抗弁)ので、これにつき考える。

(証拠略)によれば、被告の退職金規定には、「懲戒解雇された者には退職金を支給しない」旨の定めはあるものの(この事実は当事者間に争いがない。)、懲戒解雇に相当する行為があった者には退職金を支給しないとの規定は存在しないことが認められる。そして、原告、被告間の雇用契約が昭和六二年五月末日までに合意解約により終了したことが前判示のとおりである以上、この後に被告が原告を懲戒解雇する余地はない(被告の懲戒解雇が同年六月一日以降に決定されたものであることは先に認定したとおりである。)ものというべきであるから、被告の抗弁は主張自体失当というほかない。

3  なお付言するに、仮に同年六月一日以降も原告、被告間の雇用契約が存在していたものとしても、被告がなした懲戒解雇処分は以下の理由により無効である。

(1) (証拠略)の結果によれば、

<1> 被告は、昭和五四年五月ころから、在庫管理の徹底とその早期処分を実施することを会社の方針とし、これを従業員に徹底していたこと、同五五年一一月一九日には、営業担当の従業員に対し、Ⅰ 追って指示するまでは売り先が確定していない段階で商品を仕入れること(以下、これを「見込買い」という。)を行わないこと、Ⅱ現在の保有在庫(特に三か月以上の滞留在庫)処分を一層促進されたく特に資金枠手形枠限度を超過している部課は必ず早急に限度内に圧縮せられたい旨を指示していること、同六〇年一二月一八日には、原告の在庫が多いことを理由に、原告に対し、Ⅰ 長期在庫(六か月以上在庫として滞留している商品)を速やかに処分すること。但し、その処分価格が簿価を大幅に下回る場合は事前に社長の承認を求めること、Ⅱ 通常在庫のうち、四分の三以上は同六一年三月末日までに処分完了のこと、Ⅲ 新規の在庫増は一切認めず、つなぎ商品に徹し、契約とおり荷渡し、代金回収を計ること、商品代は代金回収後支払うものとすること、Ⅳ 上記進捗状況は書面にて毎月末社長に報告すべき旨を指示していること、これにもかかわらず、原告の在庫は被告が期待する程には減少せず、原告個人に関する営業利益は赤字が続いたこと、

<2> 原告は、昭和六一年六月二五日には、被告代表者に対し、「会社の度重なる指示にもかかわらず、遵守を怠り多額の長期在庫を生ぜしめました。又、代表取締役の面談指示にもかかわらず、連絡不能の状態を生ぜしめ服務規律を乱しましたことまことに申し訳ありません。これは就業規則2条(会社及び社員は常にこの規則を遵守して社業の円満なる発展に努力しなければならない)、40条(社員はこの規則を守り職務上の責任を重んじて業務に精励し同僚互いに扶け合い礼儀を尊び職制に定められた上司の指揮命令に従わねばならない)、41条3号(業務遂行に当たり会社の方針を尊重し常に上下同僚互いに扶け合い円滑なる運営を期すること)に違反したことを認めます。前記違反を再度致しました場合就業規則に基づき処分されましても異議は申しません。」旨を記載した始末書(以下、六月二五日付始末書という。)を提出していること、同六一年七月一六日には前記同日付念書を提出していること、同六二年二月一三日には、「限度の条件に違反し、回り手形を入手しました。今後は限度内で取引致します。」旨を記載した始末書(以下、二月一三日付始末書という。)を提出していること、

以上の事実が認められる。

(2) 被告は、(1)<1>の事実が就業規則39条2号(勤務怠慢、素行不良又はしばしば規則に違反したり職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を乱したるとき)に該当し、同<2>の事実は就業規則39条11号(数回懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込がないとき及び12号(38条――これは、懲戒解雇以外の懲戒事由を定めた条項であり、具体的には同条1号の遅刻、欠勤が多く出勤が常でなく勤務に不熱心なこと、同2号の勤務時間中みだりに自己の職場を離れたり横臥睡眠したとき、8号のその他重大な過失により会社に有形、無形の損害を与えたとき――に該当し、その情が著しく重いとき)に該当する旨を主張する。

(3) そこで、順に検討するに、まず、39条2号に該当する旨の主張については、(1)<1>で認定した原告の行為をもってしても職務上の指示命令に「不当」に従わなかったとまでは認めるに足りないし、また、(証拠略)(就業規則)により認められる他の懲戒事由と対比すると、同号は、勤務不良、素行不良、職務上の指示命令に不当に従わなかったことが「職場の秩序を乱した」と認められることが、要件になっているものと解せられるところ、これを認めるに足りる証拠はないこと、次に、39条11号(ママ)該当する旨の主張については、(1)<2>で認定したとおり、原告は、被告に対し、六月二五日付及び二月一三日付の各始末書及び七月一六日付念書を提出していることが認められるが、右各書類の提出が被告の懲戒処分としてなされたと認めるに足りる証拠はなく、かえって六月二五日付始末書の如きは、その記載内容からみて懲戒処分でないことが明らかであること、さらに、39条12号に該当する旨の主張についても、その前提となる38条に該当する行為を原告が行ったと認めるに足りる証拠はないことからして、いずれも理由がないものというべきである。

のみならず、そもそも被告が懲戒解雇事由として主張するところは、要するに、原告の営業実績が被告の指示どおりに挙がらないということであると解せられるところ、(証拠略)によれば、被告は、就業規則15条において、「会社は社員が次の各号に該当するときは通常解雇する」旨を定め、その2号において、「勤務成績又は能率が不良で就業には適しないと認められたとき」と規定していることが認められるのであるから、これを理由に原告を通常解雇するならともかく、懲戒解雇することができないことは就業規則上明らかというべきである。

したがって、被告の懲戒解雇処分は無効というほかない。

4  被告の退職金規定によれば、原告に支払われるべき退職金の額が退職時の基本給に三一・二五を乗じた額である事実は当事者間に争いがなく、この基本給が金一八万四〇〇〇円であることは一で判示したとおりである。したがって、被告が原告に対し支払うべき退職金の額は金五七五万円となる。

次に、退職金の支払時期につき考えるに、(証拠略)によれば、退職金規定上、退職金は退職後一か月以内に支払う旨が定められていることが認められるところ、原告の退職が昭和六二年五月末日であることは前記認定のとおりである。したがって、退職金支払時期は同年六月末日であると認めるのが相当である。

5  以上によれば、被告は、原告に対し、退職金として、金五七五万円及びこれに対する昭和六二年七月一日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

三  慰謝料請求について判断する。

1  原告が減給処分を受けたと認めるに足りる証拠がないことは前判示のとおりであり、また、営業会議で個人攻撃をされ昭和六二年二月ころから軽度の鬱病となり結局むりやり退職に追込まれたと認めるに足りる証拠もない。

2  そこで、被告が昭和六二年六月一九日に原告に対し懲戒解雇処分をなしたこと(この事実は当事者間に争いがない。)が、不法行為として被告に対する慰謝料請求権を発生させるか否かにつき考える。

本件の如く就業規則により使用者に懲戒解雇の権限が与えられている場合には、裁判所においてその行使が無効であると判断された場合であっても、それが無効であることを知り又は過失により知らないでなされたと認められない限り不法行為とはならない。また、特段の事情がない限り、懲戒解雇されたことにより労働者が蒙った精神的苦痛は、それにより失った給料請求権等の財産的損害を回復させることにより慰謝されるものと解するのが相当である。

そこで、被告の懲戒解雇処分が故意又は過失によるものか否か、原告が退職金の支払を受けることによっても慰謝されない精神的苦痛を蒙ったと認められる特段の事情があるか否かにつき検討する。

(1) 被告の懲戒解雇処分は、その主張によっても就業規則により通常解雇しかできない事由に基づきなされていること、時期の点でも原告がすでに退職し、原告、被告間には退職金を支払うか否かの問題しか残っていない段階で、しかも在庫を原告に買取らせる方法によりこれを決着させる目論見が成功しなかった後になされていることはいずれも前記認定のとおりであり、しかも、原告本人尋問の結果によれば、被告は右処分をなすにつき原告の弁明の機会を与えなかったばかりか、原告、被告間で懲戒解雇が話題に昇ることさえなかったことが認められる。右事実から判断すると、被告は、原告からの退職金請求を拒むために、少なくとも懲戒処分が無効であることを知り得べき状況にあったにもかかわらず、重大な過失によりあえて右処分を行ったものと認めるのが相当である。

(2) (証拠略)によれば、原告は、右処分がなされたことにより病院で治療を受けるほどの精神的打撃を受けたこと、雇用保険被保険者離職表に右処分が記載されたことにより新たな職を見つけるのに困難を強いられたことが認められ、右事実からすると、原告が右処分により蒙った精神的苦痛は退職金が支払われることによっても十分には慰謝され得ないものであると認めるのが相当である。

(3) (1)及び(2)の事実によれば、被告の懲戒解雇処分は不法行為となり、右処分の違法性が強いことから考えて原告がこれによって蒙った精神的苦痛に対する慰謝料は金三〇万円と認めるのが相当である。

なお、右不法行為による請求権は、右処分がなされ損害が発生したとき、すなわち、原告がこれを知ったときから遅滞になるものと解されるところ、成立に争いがない(証拠略)によれば、被告が右処分通知を発送したのが昭和六二年六月一九日であることが認められ、(証拠略)から認められる当時の原告の住所(訴状の肩書住所地と同じ)からみて、右通知は遅くとも同月二二日には原告に送達されたとの認定が可能である。したがって、右請求権は同日から遅滞に陥ったものと解するのが相当である。

3  以上によれば、被告は、原告に対し、慰謝料として金三〇万円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

第二反訴請求に対する判断

一1  被告が、昭和五四年五月ころから、在庫管理の徹底とその早期処分を実施することを会社の方針とし、これを従業員に徹底していたこと、同五五年一一月一九日には、営業担当の従業員に対し、追って指示するまでは「見込買い」を禁止することを指示したこと、同六〇年一二月一八日には、原告の在庫が多いことを理由に、原告に対し、Ⅰ 長期在庫(六か月以上在庫として滞留している商品)を速やかに処分すること。但し、その処分価格が簿価を大幅に下回る場合は事前に社長の承認を求めること、Ⅱ 通常在庫のうち、四分の三以上は同六一年三月末日までに処分完了のこと、Ⅲ 新規の在庫増は一切認めず、つなぎ商品に徹し、契約とおり荷渡し、代金回収を計ること、商品代は代金回収後支払うものとすること、Ⅳ 上記進捗状況は書面にて毎月末社長に報告すべき旨を指示していることは前記第一の二3(1)<1>で認定したとおりである。

2  被告は、原告が右指示にもかかわらず、別紙在庫表(略)(1)ないし(3)記載の各在庫を残したことが原告の債務不履行又は不法行為にあたるとして損害賠償を請求するので、これにつき検討する。

(1) 従業員が、雇用契約上使用者の指示に従うべき一般的義務を負っていることに異論はない。しかし、このことから、従業員が結果として使用者の指示に反し、これに損失を与えた場合に、直ちに従業員は使用者に対しその損失を賠償すべき義務を負っているものと判断することはできない。なぜならば、使用者の指示―特にそれが本件でもそうであるように、使用者の義務の一貫(ママ)としてその営業利益を拡大するためになされたものであるとき――は、従業員との間で当該指示に反し損失が生じた場合には従業員がその損失を賠償するとの合意がなされる等の特段の事情がない限り、一般的には、従業員がその指示にそうべく努力することを義務づけるものにすぎず、従業員が右努力義務に反した場合であっても、そのことは勤務成績を評価するうえでの資料となるか、あるいは、せいぜい懲戒等の処分の対象となるにすぎないものと解せられるからである(現に、被告の就業規則においてもこの趣旨が定められている。)。(2)そこで、1で認定した被告の指示が、これに反する結果が生起した場合に原告に対し損害賠償を負担させることまでをも含む趣旨でなされたとの特段の事情が認められるか否かにつき考える。

まず、昭和五五年四月ころなされた指示は、あくまで被告の一般的方針を明らかにしたものにすぎないから、これに該当しないことは明らかである。

次に、昭和五五年一一月一九日の「見込買い」禁止の指示につき考えるに、仮に被告の従業員が右指示を遵守したとすると、被告に在庫が生ずる事態は想定できないにもかかわらず、被告代表者ですらその本人尋問の結果において一ケ月程度商品が被告の(ママ)滞留することは「在庫」とはいえず、せいぜい三か月を越えたもののみがそれにあたる旨を供述していること、また、(証拠略)の結果によれば、被告の買付先に対する支払は、必ずしも売り先が決定されない時点でも行われていたことが認められ、右事実によれば、被告自らが「見込買い」の禁止の指示が貫徹できないことを承知していたものと認められること等からすると、右指示が前記特段の事情を備えたものであったと認めるのは困難である。

さらに、昭和六〇年一二月一八日の指示についても、原告本人尋問の結果によれば、原告が右指示どおりには在庫処分ができなかったにもかかわらず、本件で反訴請求をするまでの間、原告との間でその損失の負担につき話し合われたことは全くなく、それに対する処分が検討された形跡すらないことからして、右指示が損害賠償を予定したものであったとまでは認められない。

そして、他に前記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

(3) したがって、原告が結果として被告の前記指示に反する結果を招来したとしても、債務不履行を理由に被告に対し損害賠償義務を負担するいわれはないものというべきである。

(4) また、原告が右債務を負担していると認められない以上、在庫の滞留が原告の不法行為であると認める根拠もない。

二  以上によれば、被告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第三結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は主文第一項掲期(ママ)の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、被告の反訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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